09 March
2010
Michael Jackson Culture Show Special on BBC (EN)
I found out a special program about Michael Jackson on BBC(the program was broadcasted last December and the title is "The Culture Show") while I saw my timeline of Twitter this morning. After I saw an excerpted video (there was its URL in the tweet) of the program on Youtube, I was keen to see the whole program. Finally I found that!
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02 March
2010
江川ほーじんセッション #9 @Live Bar X.Y.Z→A
2月28日 日曜日、朝降っていた雨は上がったものの一向に暖かくならない夕方、八王子に出かけた。ヤケに電車が空いていると思ったのだが、この日は会場も人多くはなかった。寒さのせいか、オリンピックのせいか、二月八月は景気が悪いからか。体感温度が3度くらい城南地区とは異なる八王子、怪しい低気圧が支配する日曜の早い夜、「Superstition」で演奏が始まった。テンポは少し速めだったか。疾走するリズムにベースの短いリフレインが乗りカッコいい。
この日のベースの決めフレーズ(他の人がソロをしているバッキングの)はいくつか耳に残っているが、全貌を聴く際の軸というか手がかりが提示されてよかった(もしかしたら、いつも私が気づいていなかっただけかもしらないが)。5曲目の「Awakening」のベースフレーズもそう思った。この曲はメロディがメロウな感じ(なのか?)なので、他の楽器の音が長めだとメロウさに拍車がかかってしまう(そういうのが好きな人は沢山いると思うのだけど)のだが、シンプルなベースフレーズがスパイスになっていた。
演奏も1月同様もの凄く、同行した家人も1曲目の途中で「今日は凄いね」と言っていた。この「もの凄さ」を伝える言葉が見つからないのが残念なのだが、3曲目の「Respect To L.C.」のソロの際に、過去に行ったライブが突然フラッシュバックしたくらい凄かったことを書いておこう。この曲はギターの澤田さんのオリジナルで、ガツンとしたロックテイストが感じられるギターならではのメロディがシンプルで重たいベースラインに絡み付くのが印象的。以前はテーマから曲のコード進行を踏襲するようなソロになってたと思うのだけど、今回はソロの部分のバックが曲のコード進行とは異なり、ワンコードだったか(覚えていない)、がそんな感じに聴こえて、ベースのフレーズががらっと変わる展開をみせたときに目の前に蘇ったのは、身体を取り巻く熱気と陽炎の中に見えるステージだった。よみうりランドEastでのマイルス・デイビス・グループの「Senate」だ。この曲はリードベースを担当していたフォーリーが作った曲で彼がテーマとソロを弾くが、「Respect To L.C.」は、この曲のソロ後の展開を彷彿とさせた(似ていたのかどうかは覚えていないが、これが降ってきた、ということ)。ちなみに1月の感想では『ギターソロ以降などタイトでよかった。特に4ビートに変わり、キーボードソロになる展開など。』と書いてあるが、そういう風にはならず。どちらもアリだと思うが、今回のアレンジの方が好き。
後半は撮影であまりよく覚えていないのだけど、「Wild Snail」のテーマが
私には機動戦士ものの行動開始時のバックに流れる曲のような感じに思えるのだが、ソロ部分はその印象を根底から覆すかのようなラテン展開。これが堪えられないのだけど、この日は憎らしいほどにラテンが濃かった。「Watermelon Man」「I Shot The Sheriff」はキーボードのHeyskeさんがバンドに参加して以降だから、11月から毎月演奏したとして、今回で4回目ですか。これらも今後解体されるような気がする(あ、オリジナルじゃないからそうはしないかも)。キーボードと言えば、初めて聴いたときもオルガンの音がいいと思っていたのだが、Hammondの割と最近のコンボオルガン使ってた。・・・と書いてみたものの他のメーカーのシンセでも同様な音が出るのかどうかはよく判らない。どうも発音システムが他のデジタルキーボードと違うようで、確かに音の出だしがエッジが効いている風に聴こえるが。
そう言えば、会場。これまではビルの5階だったのだけど、6階にもう1フロア増殖しており、今回は6階の新店舗での演奏。前回の江川さんのトークで聞いたとおり、内装が5階のクローン状態。何階に居るんだか判らなくなる。ステージの床材が違うらしいが。そのせいか、音が硬めだったらしい。ベースはあまり気づかなかったが、ギターは新しいアンプのせいなのか?どうも前に使っていたのがベースアンプだったそうだ(知らなかった)。この日はギターの高音がやけに聴こえてきた。いずれにせよ、5階という緩衝剤ができたので、音がでかく、帰りは耳がキ〜ンと鳴っていた。
◯Set List( [ ]はカバー曲の作曲者 )
1. Superstition [Stevie Wonder]
2. Sack Of Woe [Cannonball Adderley]
3. Respect To L.C.
4. Red Shadow Blues
5. Awakening
(break)
6. Jam
7. Wild Snail
8. 初耳な曲どんなんだったか忘れた
9. Watermelon Man [Herbie Hancock]
10. I Shot The Sheriff [Bob Marley]
(encore)
Dizzy Miss Lizzy [Beatlesでしたっけ?]
◯Date : February 28th 2010 19:40 - 22:30
◯Venue :
Live Bar X.Y.Z→A
◯この日の写真(26枚)
スライドショー
◯過去の江川ほーじんセッション記事
2010年1月
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
◯次回
3月14日(日)場所が変わり、原宿LaDonna(
の3月スケジュール)
◯予告
次回の八王子は4月終わりだと思うが、当日はが〜が〜撮影する予定。うざかったら申し訳ないです。
25 February
2010
「インビクタス」=「ロンゲスト・ヤード」説!?
毎週木曜の日課は週刊文春の小林信彦エッセイを立ち読みすること(文春には申し訳ないのだけど、安定収入がなくなってから続けて購入できなくなっている)。本日発売号では、先だって他界した翻訳家の話題から書き始めていたので、暗いモードの小林節になるのじゃないかと心配したが、話の中心はクリント・イーストウッド監督作品「インビクタス」だった。観る、観ると言ってまだ観ていない私としては一瞬読むのをやめようかと思ったが、小林氏の映画紹介は野暮な書き方ではないので安心して読めた。で、結果的にはやく観ないとと思った。
「インビクタス」が南アを舞台にスポーツ(ラクビー)をテーマにした映画だということは知られている通り。ここで書いても誰も判らない(古すぎて)と思うので書くが、小林氏は過去の映画でも同様な切り口のものがあったと言う。2、3作品のタイトルが書いてあったが、私の記憶にあるのが「ロンゲスト・ヤード」。ごれで「インビクタス」をどう観たら良いかが私の中で決まった。
「ロンゲスト・ヤード」はアメフトだったと思うが、主人公チームが◯◯するには何をどうすればいいかの作戦をたてるところが面白く、予備知識無しで観たがすごく引き込まれたことを記憶している(蛇足だが、ロンゲスト・ヤードは一度リメイクされている。もし観るなら70年代のバート・レイノルズ主演のをお勧めしたい)。例えば、テレビでたまたま映っているスポーツ試合を見ても釘付けにならず(いや、思わず引き込まれることもありますが)、どちらを応援するという気にもならないが、ドラマにでてくるスポーツはクライマックスまでに主人公や敵役の苦悩等が提示され、いやが上にも感情移入できるようになっている(さいきんのは判らないので、これまではそうだった、と言うべきか?)。例えば「ロッキー」とか。
小林氏いわく、「グラン・トリノ」とは客層が異なるが800席ある映画館は満員だった。思うに、「ミリオン・ダラー・ベイビー」以降、考えさせられる内容の映画が続いたと思うが、人種隔離政策撤廃後も人種間憎悪が続くという根深い問題を抱えている舞台だけに、あえてその線は狙わなかったようだ。スポーツ映画ならではのハラハラ、ドキドキする気分になれるらしい。
小林氏は「インビクタス」を観た後でイーストウッドの別な作品「タイトロープ」を観たそうだ。最後にその理由が書いてあったが、激しく同意!締めの言葉としてもガツンときてよかった。
Japanese tunes which I want to show foreigners(EN)
I joined Blip.fm last summer. Since then, I've played a lot of good tunes to the world. Recently I've started thinking I should show those tunes viewers of my blog. So I'll do it.
Japanese Tunes / July 23 2009
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21 February
2010
The Roots @Billboard Live Tokyo
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(追記 2/22)曲名が違っていたところを訂正し、セットリストを書いているブログ記事を見つけたので紹介します。
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The Rootsは生音のバンド+ラップというグループで、1993年以来のキャリアがある。日本にも毎年のように来ており、今回で私は5度目。2003年12月(ブルーノート東京)、2004年9月(Duo Music Exchange)、2007年1月(O-East)、2009年1月(ビルボードライブ東京)に次ぐライブだった。覚書しておくと、2005、6年のいずれかの年の大みそかに恵比寿ガーデンホールに来ていたが、疲れそうだからやめといた(なこと言わないで行っとけばよかった)。あと2008年も同じくビルボードに来ているが、私のパワハラ仕事で気づいてなかった。2010年は2月15日がビルボードライブ大阪、18〜20日がビルボードライブ東京。私は最終日の20日の最終公演に出かけた。踊りやすいようにスニーカーで!
過去記事を探してみると、なぜか私はルーツの記事を書いてないことに気づいた。MCのBlack Thought(ブラック・ソウト)のラップの幾分くい気味なスタイルが気持ちよく、相当恍惚とした気分になってくるので、記事どころじゃないのかもしれない(特にフリースタイルが痺れる。何言ってるのか判らないのだけど)。ライブの感想としては、家人が書いた2007年1月のときのもの(後方に記す)に毎回集約されるのではないか。記事にある「全体の構成が完璧、独特のグルーブ感、ブラックソウトが?uestlove(クエストラブ)のドラムにのせてライム、メドレー」などは毎回感じることだ。
ルーツはメンバーの変遷とともに参加楽器も違ってきている。古くはMC3+Dr+Key+Baだった。MCがブラックソウトだけになり、次第に楽器が増えていったのが2002年以降。大きな相違はギターの参加で、以降、ロック色が強くなっている。いわゆるブラック・ロックと呼ばれている音楽と同じ印象で、古くはジミヘン、少し前はフィッシュボーンとかリヴィングカラー、今は、ルーツがヒップホップであり、かつ、ブラックロックを代表しているのではないかという気がする(他のバンドをよく知らないのでそう思うだけかもしらないが、誰かご教示下さい)。
私が初めて観た2003年には既にギタリストが参加していた。前の年の20002年に出た「フリノロジー」がロック色が強く(シングルヒットした「The Seed(2.0)」など)、直後のライブではギタリストが2人で、ライムではなくヴォーカルもフィーチャーしていた。ロック色を強める方向性はその後強まっているような気がする。今回のライブでも演奏していたが、ツェッペリンの曲(「あああ〜〜」って雄叫ぶ曲、何でしたっけね 追記:Immigrant Song でした)、やギターのリフが印象深い80年代の有名ロック曲(曲は知っているが誰のだか判らん 追記:ガンズ・アンド・ローゼズのSweet Child O'Mineでした)では、演奏し始めると、こちらが盛り上がってきますね。また、今回は他人の曲のカバーが多かった。覚えている限りは、ツェッペリン、ゲイリー・グリッター「Rock'n Roll Part 2」、マディ・ウォーターズ「Manish Boy」、カーティス・メイフィールド「ムーブ・オン・アップ」、クール&ザ・ギャング「Jungle Boogie」ブラック・サバス(というより私にはビーバス&バットヘッドのだが)「Iron Man」。個人的には、ツェッペリン、ゲイリー・グリッターの曲(米国プロバスケットリーグNBAのタイムアウトの時にかかる曲)、カーティス・メイフィールドの「Move On Up」の出だしで「きゃ〜〜〜〜」と奇声をあげながら、天を仰いだ。特に「ムーブ・オン・アップ」は昨年も演奏していたが、演奏時間もより一層長く、オリジナルでの歌の終わった後のブラスの「じゃじゃじゃ〜ん(タカトン)じゃじゃじゃ〜ん」というとこもブラスはいないのだけれども演奏してくれて、聴いていて泣きそうになった。この、他の人の曲というのが、ルーツのオリジナル曲間の合間に演奏されるので、オリジナルが終わって、ちょっと休もうかなと思った時に演奏されていて、ちっとも休めない(苦笑)。思うにバンド好きな人の心を掴むのがうまいね。
昨年と違っていたのが、スーザホンの人の不在。スーザホンは昨年以来参加しており、今、ルーツが毎日出演する番組(昨年3月から、ジミー・ファロン「レイト・ナイト・ショウ」のハウスバンドとしてルーツが平日に、生放送に出演している)にも彼は出ているので、なぜ来なかったのだろうと思い、残念だった。身体にスーザホンを乗せて客席を練り歩いた細くて長身な奏者は大変目に焼き付いている。代わりに?ギターのフィーチャーが多かった。ヴォーカリストが居なくなってからは(というか元々ヴォーカリストは居なくて、スポット的に1〜2年居ただけだけど)ヴォーカル部分はギターのキャプテン・カークが担当しているのだが、途中、ジョージ・ベンソン風にギターの演奏とスキャットがユニゾンになるような演奏をする。昨年も同様だったが私が観た回は消化不良的であったのに対し、今回は最終日だったせいか凄かった。ベンソン風な演奏後に違う曲になるのかと思っていたら、曲の頭に戻ったり。また、思うにギターに負担がかかっているのは、ベーシストが2007年に交代して以来のことかも。以前はHUBというほとんどオリジナルメンバーと言っていい程の、超絶技巧なベーシストがおり、彼をフィーチャーするコーナーが長かった。彼がなぜ辞めたのかは判らないが、まあ円満脱退のようだが?、その後にベーシストとして参加したのは2枚前のアルバムの「ゲーム・セオリー」のプロデューサーとしてクレジットされているOwen Biddle。おそらく2008年から参加していたのだと思うが、私は昨年の来日公演で初めて観た。彼も6弦ベースを使用しているので、相当ベース魔だとは思うし、今回も長めのベースソロをしていたが、見た感じ、裏方っぽくて、プロデューサーときくと成る程、と思ったり。
なんだかきりがないのでこの辺で。ルーツについては私も思いを書いたことがなかったので、ルーツとの出会い以来のことなお色々書いておこうと思いを新たにした。
一緒にライブにいった友人がめざとい人で、こちらが「終わった〜」と余韻に浸っていたら、退場するメンバーがサインをしているというので、そっちの方にCDとペンを持参で行く。ギターのキャプテン・カークにサインを貰った。取り急ぎ「Please come back soon」とお願いしたら、「OK」みたいなことを言っていたけど、いくらなんでもsoonではないと思う。
◯Date
February 20th 2010 21:00〜22:30 at Billboard Live Tokyo
◯過去のThe Rootsライブ記事(家人の)
2004年9月
2007年1月
2009年1月(メモ)
◯Set list
2月19日のセットリストを書いていた人のブログ
※リンクした記事に、「いい加減なので注意されたし」との記述がありますが、20日も似たような感じだったような気が。文章も素晴らしい。
17 February
2010
Twitterの返信あれこれ
ときどき判らなくなる@についてメモしておく。ついでに、返信あれこれについて知り得たことも。若い友人とのやり取りで色々思ったので。
大したこと書いてないので、返信をマスターしてる人は読まないで下さい。あくまでも私的覚書です。
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13 February
2010
We Are The World 25 for Haiti
メディアで話題になっている通り、「We Are The World」が、25周年、兼、ハイチ地震のチャリティとして新たにレコーディングされた。ハイチの地震からたった2週間後にだ。ハイチ出身のWyclef Jean(以後、ワイクリフ)が地震直後に、彼の持つ慈善団体Yeleで米国?の携帯電話の募金システムを確立したことも記憶に新しく、オリンピック開催日にビデオが公開されると聞いていたので、今日の14時か15時頃にそういえば、と思い、ネットを検索すると、Youtubeにビデオクリップがアップされていた。その時、再生回数303回。23時現在は36万回以上。9時間に36万人、1時間に4万人がみていた計算になる。
まず、ワイクリフのシャウトが胸を打つ。そして、ハイチで撮影した被災者がビデオ撮影に協力して、集まって歌い、踊っている姿(とくに、子どもたちの笑顔)に涙がこぼれた。ポール・ハギス監督(イーストウッドの「ミリオンダラーベイビー」の脚本後、自作「クラッシュ」でオスカー獲得)ありがとう。
iTunes Storeでは450円でアルバム(ビデオと音源)を購入可能。ちなみに米国では同じものが2ドル99セントであり、約150円の差額はどうなるのか疑問に思ったが、日本のストアでは「収益金はすべてWe Are The World基金へ寄付されます」とあるので、それを信じることにした。
まあ、寄付しなくとも上記のリンクのYoutubeの動画を観て下さい。感動的です。
以下、マニアックな話なので、興味のある人だけみて下さい(尚、We Are The WorldはWATWと略す)。
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06 February
2010
No Man's Land 創造と破壊@フランス大使館

南麻布にあるフランス大使館、2009年11月に新庁舎に移転した。その隣にある、1957年竣工の旧庁舎は取り壊される予定だが、その前に一般の人達が見学できる、最初で最後の機会が、「No Man's Land」。大使館旧庁舎自体をアート作品の一部にする、庁舎の中で創作する、など、通常の美術館ではなかなか体験できない出会いがある。本来の会期は1月31日だったが、好評につき2月18日まで延長された。入場無料。
壊される運命にあるものに興味を持つのは何故だろう。二度と見られなくなってしまう、記憶に残しておきたい、などの思いからつい足を運びたくなる。日比谷の三信ビルが壊される前は何度か足を運び写真を撮影している。今、当時の記事を見ると、一部営業中の店舗もありビルの中は清掃されているので、ひと気はないものの、お化粧をしてよそ行きの顔をしている。
が、訪問者があまり来ない大使館のような建物はよそ行きの顔をする必要がない。だから、直前までいた人の息づかいが感じられるようだった。例えて言うなら、ダムの中に沈み行く無人になった集落のような感じだった。ほんの数ヶ月前までここに人がいた証拠がたくさん残っている(壁に焼き付いているハンガーの跡、床や棚に無造作に置かれたコード類の山など)。そういうものに気持ちを揺さぶられた。中庭があり「コ」の字型に造られている建物の中は、おそらく職員それぞれの仕事場と思われる広さ8畳ほどの個室が並んでいる。ドアの間口は狭いものの、造り付けの書棚や窓の意匠が美しい。
そこを舞台に作品を展示、部屋を作品にする、という趣向は、アーティストにとってもチャレンジではなかったか。一般に開放するので、天井を抜くとか、壁に大きな穴を開けるなど、制限されていることもあるが、かなり自由度が高い。部屋をどう使い切るかという点で勝負していたアーティストが何人もいて、いずれも面白かった(部屋の中の部屋のような金庫?を白塗りにする、真っ暗にする、紙くずで埋め尽くす、粘土を塗る、など)。
参加アーティストは日仏の有名&若手アーティストとのこと。リバース・プロジェクト(Rebirth Project)というグループが参加していたが、伊勢谷友介が代表を務める。廃材から家具やアート作品を製作するというのがコンセプトのようだが、彼らの展示場所がカフェ兼休憩所になっていたので、作品を長く観たこともあり、非常に印象的だった。また、廊下の壁や建物の外壁のグラフィティ・アートがそれぞれ個性的。
が、個人的には、作品よりも、舞台の建物に目がいってしまった。例えば、建て増ししたのでは、と思われるコの字の接合部分は妙な段差やデッドスペースが随所に見られ、一見モダンな建物でも使いづらそうなところ。階や場所によって異なる部品が使われているドアノブや建具。扉の下方の化粧板がはげているのを見ては、かつてここに居た人と同じ光景を見ているんだなと思い、使いづらいものの、ここを立ち去る時はどのような思いだったのだろうかなど想像を巡らした。
◯会期
■場所:フランス大使館(当該展示のページ)
■会期:2009年11月26日〜2010年2月18日(10:00〜18:00)
■休館日:月、火、水
■入場無料
ちなみに写真撮り放題なので、たくさん撮影しました。
No Man's Landスライドショー
あと、夕方になると入場制限になる程混んでます(休みの日だと)。
土日に行くなら早めに。尚私は1月29日の金曜に行きましたが、それでも随分混んでました。
05 February
2010
My Activities in January 2010
主に芸術鑑賞記録をなるべく書いていきたいのだが、遅筆、多忙(うそ)なためすべてについて書けてはいないのが現状。記事にしなかった活動をそのままにしておくと何をしたのか思い出せなくなるので、毎月終わりに覚え書きを書く事にする。リンクはこのブログの記事。今後記事を書く予定のものはその旨記載。書く意欲の無くなったものは覚えている限りの事をここに覚え書きする。
01/02 [Art] 木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン「東洋と西洋のまなざし」写真展
2月7日以降記事執筆予定
01/16 [Cinema] インフォーマント
スティーブン・ソダーバーグ監督作品。マット・デイモン主演。米国の実話を元にした映画。ソダーバーグも変わったものを取り上げるなというのが印象。「人受けが良くなるように噓をつく」人が主人公。音楽のマーヴィン・ハムリッシュよい(スティング、追憶など手がけているベテラン)。エンドロールの音楽が「トラスト・ミー」という曲だったんだが、あまりこのフレーズはネイティブに言わない方がいいような気がした。日本語でも「信じて下さい」なんて言わないもんね、鳩山さん。
01/16 [Cinema] イングロリアスバスターズ
クエンティン・タランティーノ監督作品。第二次世界大戦終盤のドイツ付近を舞台にした米国潜入組織がドイツをやっつけようという筋立て。が、監督ならではの演出が満載で、戦争映画にはなってない。ギャング映画に見える。また、残酷なシーンも沢山ある(が死ぬ程嫌なシーンはない)。最後、連合国軍がドイツ相手にテロ?を行なうのだが、作り話だからどうでもいいのだけど、いわゆるスーサイド・ボミングを描写する必要があったのか疑問。ボマーの表情をカメラで捉えているが、まあ、見ていてつらい。どんな国でもテロは起こすということをいいたかったのか、判らん。判らんから書けなかった。
01/18 [Art] 木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン「東洋と西洋のまなざし」フロアレクチャー
01/23 [Art] 杉本博司写真展 光の自然
3月が会期終了なのでその後書く
01/23 [Art] 杉本博司アーティストトーク
その内書く(本当かよ!)
01/29 [Art] No Man's Land
2月18日まで開催なので早めに書きたい(がんばれ!)
01/32 [Music] 江川ほーじんセッション #8
【What I bought in January】
・Brutus特別編集 杉本博司を知っていますか? (ちょっと読んだ)
・杉本博司写真集「光の自然」(未読&サインもらった)
04 February
2010
Hojin Egawa Session #8 @Live Bar X.Y.Z→A 江川ほーじんセッション #8 @Live Bar X.Y.Z→A
2010年初の江川ほーじんセッションは1月31日だった。雪降ったのがその次の日でよかった。ここに来て、毎月最終日曜日に行われることになったようだが、以前は金曜の夜のときもあり、一般的な休みの日の前だと超混むので、写真撮影をするには日曜でたすかると思っていたのだが、31日はかなり混んでいた。一度観に行くと病みつきになるのと、誰かに聴かせたくなるので、そうやって観客が増殖しているのだろうか。
この日の演奏はなんだか凄かった。まず、江川さんのバンマス度が高くてよかった。あと、江川さんの演奏も乗っていた。最初の「Superstition」の途中で気づいた。確か後半のギターソロだったか。ベースラインがギターの音に反応していて、乗ってる感じが伝わった。もう一つすぐに気づいたのは、ギターアンプが変わっていたこと。今回のアンプも他の音楽ではアリだとは思うが、このバンドには向いていないような気が。まあ、私もたかだか6回ライブを観に行っただけなので、こんなこと言えないかもしれないが。
江川さんはバンマス度も絶好調だったが、トークも舌好調で何度腹がよじれたか判らない。これは、ライブに足を運んだ人だけの特典ということで、腹筋を鍛えたい人は足を運んでみてください。さすがに長いトーク後の演奏の出だしは他のメンバーも含めて緊張の糸が切れそうな感じにも思えたが、音楽聴くのも疲れるので観客のためにも休む時間は必要なのかも。しかし、そうは言ったものの、「Respect To L.C.」のギターソロ以降などタイトでよかった。特に4ビートに変わり、キーボードソロになる展開など。
後半は江川さんのベースが印象的な「Jam」で始まる。前にも書いているが「Superstition」がほーじんバンド登場曲な印象があるのと同様に、「Jam」は後半が始まるぞ〜という江川さんの叫びにも聴こえる。次の「Wild Snail」はロックぱいテーマからがらりと変わってラテンな展開になるところがいいのだけれど、今回はラテン味多めで嬉しい。「Awakening」はギターソロが炸裂していた。あと、テーマ終わりのキーボードの伴奏が余韻があっていい。曲の印象をよくしている。
「Wild Snail」や「Awakening」はギターの澤田さんの書いた曲だが、初めて聴いた時はあまり好きなタイプの曲ではないので何とも思わなかった。おそらく澤田さんがこれらの曲に愛着を持っているのだろうと思うが(いや嫌いな曲なら演奏しないと思うが)、そういう自分の曲を大事にする姿勢が垣間みれてよかった。バンドがなのか澤田さんがなのか何とも判断がつかないが、迷いが随分と無くなった気がする。
終演後は演奏の凄さでしばらく動けなかった。毎回だけど帰路の上り中央線のガラガラの車中の雰囲気がだんだん好きになってきた。
◯Set list
1. Superstition
2. Escape(追記しました)
3. I Shot The Sherrif
4. Watermelon Man
5. Respect To L.C.
(break)
6. Jam
7. Wild Snail
8. Sack Of Woe
9. Awakening
10. Red Shadow Blues
(encore)
11. Dizzy Miss Lizzy
◯Date : January 31st 2010 19:38 - 22:15
◯Venue :
Live Bar X.Y.Z→A
◯この日の写真(39枚)以下どちらも同じです。
スライドショー
サムネイル
◯過去の江川ほーじんセッション記事
2009年12月
2009年11月
2009年10月
2009年9月
2009年8月
2009年7月
◯次回
2010年2月28日 どうも次回はベースの音圧で顔面の小じわがとれるくらいに、ベースアンプのワット数が劇増するらしい。
◯愚痴
個人的な課題は写真、記事とも抱えており、頭が痛い。特に記事。もう少し長く書きたいのはやまやまなんだが(だってこの記事を最初に目にする人もいるかもしれないから)、色々余計なことが書けなくなった(困)。活字活動している音楽ジャーナリストはどうしてるんだろう。ちょっと訊いてみたい心境。
01 February
2010
ADOでパラメータ付きストアドを実行する
.NET Framework1.1で動かしているウェブアプリをEXCEL VBAにダウングレードさせる謎なことをしているのだが、ADO.NETでは動くのだが、ADOでは動かない箇所があり困った。現行のADO.NETでSQL Serverのパラメータ付きストアドを動かしているのだが、同様のこと(パラメータ付きストアドをプログラムで動かす)をADOに書き換えると動かない(5個のストアドの内3個動かない)。半月くらい放置し他の移行作業をしていたのだが、この度解決したので覚え書きしておく。ネットを探すと同様なことで困っている人がいるようなので、ストアドが動く要件と複数のコードを書いておく。ちなみに、現行では、パラメータ付きストアドを動かすSQL文を渡すようにしている(「EXEC ストアド '事業所', '開始年月日', '終了年月日'」のように)。
【予告】技術ネタは今年中に他に移行します。さすがに、音楽、映画、美術と同じ空間だとテンションが違いすぎるので。
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26 January
2010
町の記憶、建物の記憶、人の記憶 #1
自分が育った町のことを書いてみたくなった。きっかけはいくつかあるが、昨年十二月に帰った際に、自分の記憶にある建物などがなくなっていることを知ったのが大きい。小林信彦の「私説東京繁盛記」は、確か、「町殺し」が執筆のきっかけだったと思うが、当時(どうも1984年みたいだ)読んでいたときはその思いが理解できなかったが、今になると「こういう感覚なのか」と実感できる。それに気づいたことも書きたくなった動機だ。まあ、結局、小林さんの真似をしたいだけかもしれないのだが。
私の最初の記憶は、洋服ダンスの中の暗闇だ。私が2歳になる前に父の転勤で東京に引っ越している。当時はいけないことをすると母が洋服ダンスに私を閉じ込めており、その度に「神様、もうしません」と泣き叫んでいたのを記憶している。おそらく4歳くらいの出来事だと思うが。東京には小学校にあがる半年前まで住んでいた。その年の9月に父から遠いところ(私が生まれたところだとその時に知った)に引っ越すことを告げられ、とても嫌だったことを覚えている。
引っ越しの何が嫌だったのかはよく判らない。当時は遅れて入園した保育園で昼のお弁当を食べるのが遅いといじめられており、毎日保育園で泣いていた。嫌な引っ越しではあったものの、「これで人生一からやりなおせる」と子どもながらに思ったのも事実。が、昔の東京と地方との落差は子どもの目には非常に衝撃であり、特急列車から在来線に乗り換えるのだが、茶色い古い電車で電車の床や壁が木造(大昔の山手線の車両)。上野からの長旅の末に、さらに乗せられた一見暗い車内。この在来線に一時間半乗るのだが、日もだいぶ暮れており、そうだ、確か雨が降っていて、どんよりとしていた。これが私の心模様のようにも思えた。また、車窓から見える風景が一面田んぼという、東京では見たことのない光景で、なぜこのようなところに連れて行かれなければならないのか悲しくなった。
その町には知っている人が住んでいた。私が5歳のときに家族で呼ばれた結婚式の主役Yさんだ。Yさんは当時東京の美容学校に通っており、披露宴は東京のホテルで執り行われた。当然ながら結婚式に呼ばれるのはこのときが初めてであり、結婚式場のホテルでのコース料理も子どもにとっては、もの凄く高級なものに思えた。ちなみに、食べるのが遅くて、スプーンやフォークを脇に置くと、食べている途中なのに片付けられてしまったことは今でも忘れられない。
その町のYさんとその旦那様とYさんのご家族が住むお宅に行ったのは、引っ越してからすぐだったか。後から知ったのだが、母とYさんは従兄弟同士であり、Yさんのお母様が母の叔母にあたる関係。その、母の叔母の兄が事業で成功し、どうも自分の他のきょうだいや親類を呼んで手伝わせていたようだ。若い頃の母もその一人で、当時、母は母の父親と一緒に東京に住んでいたのだが、外に働きに行くのを許されていなかったとかで、唯一許されたのが、働き手を捜しているという、遠くに住む母の叔父(母の父の兄弟)のところで、単身移り住んだらしい。
Yさん一家が住む家というのが、奇妙な造りの家だった。私は数回しか行ったことがないが、今でも忘れられないのが、玄関の引き戸を開けるとすぐにある、家の中を縦にまっすぐに伸びている土間というか通路だ。通路の両側は小上がりになっている。右側の小上がりの手前の方に二階に繋がる木造の急な階段があった。二階に上がると、膝くらいの高さから大きな張り出し窓とそこに腰掛けられるようなスペースがあった。初めて行った際に、Yさん一家から「もう過ぎてしまったけど、来年に見においで」と言われ、もう過ぎてしまった何かがとても気になったことを覚えている。
そして約一年後、念願を果たす。その家の二階の窓から見る川開きの花火は絶景だった。その時に食べた枝豆やごちそうが美味しかったことは言うまでもない(なぜか記憶に残っているのが枝豆というのがおかしいが)。その家で花火を見たのは二回だったか。一家は別な場所に引っ越してしまった。以来、私は絶景の花火を見られなくなってしまった。母にそのことをこぼしたら、「あの家は住むようなところじゃない」と言われた。しばらく経って、そこが件のおやじ(母の叔父)が母の叔母(自分の妹)夫婦にやらせていた小料理屋で、法改正以前には二階が娼家として使用されていたということを知った。絶景の花火を見られるようにしたのは、そこに住む人のためではなく、客のためだったのだ。
三叉路にある蕎麦屋(私が子どもの頃からある)

24 January
2010
Izu Photo MuseumでPLフィルターを試す
ガラス面の写りこみや、被写体への光の表面反射が気になることがあるので、PL(偏光)フィルターを買ってみた。昨日Izu Photo Museumに行ったので、試してみた。PLフィルターは写り込みの他に、青空の青がきれいに出るという効果で知られている。フィルターの調節などあまり何パターンも試さなかったが、以下のような写真の仕上がりとなった。
空と雲のコントラストがきれいにでて、しっとりした感じに撮影できると思うのだけど。
Izu Photo Museumエントランス

クレマチスの丘入り口からチケットセンターに向かう道

Izu Photo Museumはクレマチスの丘という複合施設内にある。最寄り駅はJR三島駅。アーティストの杉本博司が内装を手がけ、昨年10月にオープンした。こけら落としは杉本博司の写真展。昨日は杉本氏の講演会もあるので出かけた。写真展と講演会についてはなるべく早く記事を書こう。
21 January
2010
Rob Bacon研究 #1
このブログのアクセス解析を見ると、ようやく、音楽関連の記事が読まれるようになってきており嬉しい。
音楽関連記事に限ると、この1ヶ月間で表示回数の一番多い記事は、「Don't Let Me Be Lonely Tonight 寂しい夜(邦題)」。ジェームス・テイラーのオリジナルをアイズリー・ブラザーズがカバーしていることに言及している記事はネットでいくつも見られるが、私のようにテイラーをdisっている人はいないようだ(いや、記事でも全面的に否定はしていないが)。
その次に多いのが、「Leon Ware @Cotton Club Tokyo」。
3番目が「Hojin Egawa Session #7 @Live Bar X.Y.Z→A 江川ほーじんセッション #7 @Live Bar X.Y.Z→A」。12月のライブの記事だ。が、江川ほーじんバンドで合算すると、音楽関連ではダントツで一位になるが。
さて、検索ワードで見ていくと、音楽関連では「don't let me be lonely tonight」なのだが、次に多いのが意外なことに「"rob bacon" guitar」。彼のことはラファエル・サーディクのバンドリーダーとして知ったのだが、DJ Quikなどとも共演しており、結構音楽好きの人にはそのギターの音やプレイスタイルを好まれているらしい、ということを知ったのはラファエル来日後の昨年の7月だろうか。昨年大みそかのリオン・ウェアのライブにも参加していたが、ラファエルバンドとは趣が違い、ワー・ワー・ワトソン風な演奏であり、つくづくギター職人なんだなと思った。
で、youtubeを検索してみたら(そもそも、rob baconで検索したことがなかったのだけど)、全然知らない動画があったので、ちょっと紹介してみたくなった。時系列に並べてみる。
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19 January
2010
木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし @東京都写真美術館友の会フロアレクチャー
木村伊兵衛もブレッソンも個人一人の回顧展風な展覧会を割とさいきん観ている。が、報道写真に携わった両者の写真を一度に観られる展示というのに興味を持ち、1月2日に行ってみたところ、入館料無料の日でありむちゃくちゃ混んでいた。ざっと観て、友の会のフロアレクチャー(応募者多数の場合は抽選)に応募、当選したので、その当日の昨日行ってみた。レクチャーに先立ち、写美の職員の方からお話を伺ったが、応募者が100人を超えていたらしい(年会費2000円:個人会員、3000円:家族会員を払っている人が対象)。両者ともにあまりにも有名な写真家だがこんなに人が集まるのかと驚いた(尚、応募者が多かったため、抽選に漏れた人を対象にもう一度フロアレクチャーを開催すると言っていた)。
企画意図
展示室に入ってすぐに、木村が初めてパリでブレッソンに会った時にお互いに撮り合ったポートレイトが展示されている。その2枚の写真の前で今回の展示の意図を担当学芸員の金子隆一さんから伺う。ちなみに金子さんは「定本木村伊兵衛
」という本を作っているキムラマニアだ(というか写真好きで木村伊兵衛を素通りできる人はいないと思うが)。金子さんは3年位前の大阪サントリーミュージアムでのブレッソンの大回顧展を観に行き、木村と似ているところや似ていないところを色々感じ、ブレッソンの面白さの質を探りたくなったらしい。思いついたのは、じゃあ、単純に二人の作品を並べてみればいいのではないかということだった。また現在まで、両者の作品を顧みる展示がどこでも行なわれていないということで今回の企画に至ったということだ。
レンジファインダーカメラ
木村(1901〜1974年)とブレッソン(1908〜2004年)の共通点は、二人ともレンジファインダーカメラを使っていたところだ。レンジファインダーとは平たくいうと今のフィルムのコンパクトカメラのように、覗き穴のビューファインダーがレンズと一体になっていないカメラで、加えてレンズが交換可能なものだ。ファインダーとレンズの視差がずれているので、ファインダーで見た構図よりは幾分ずれが生じる。なんで一眼レフ(レンズが捉えた像をミラーでファインダーに現れるような仕組みになっている)を使わなかったかというと、彼らがカメラを使い始めた時代には、一眼レフは手持ち撮影可能なものがなかったからだ。当時(1920年代)のカメラは写真館で撮ってもらう大判あるいは中判カメラのように、フィルムが一枚ずつカートリッジに入っていて、連続撮影ができない。それが当たり前だった時代に、映画用のフィルムを利用可能にし、カメラ自体も工場で大量生産したというのがライカであり、1925年に最初のモデルが発表されている。また、手持ちカメラなのでファインダーを覗く時に目の位置にカメラを持っていくのだが、これがアイレベルで写真家と被写体が対話できるような今日(というかデジタルカメラ以前)のスタイルを作っている。
ちなみに、木村のライカとの出会いは1929年、ニュース映画でドイツの軍人(?失念)が首からぶら下げているのを見て。当時、営業写真館を経営していた木村は写真館や機材を全て処分し、ライカを手に入れ、写真家として生きていくことを決意した(のだろうか)。それが1931年のこと。
一方、7歳年下のブレッソンは、1931年にライカを手に入れる。元来、芸術少年だった彼は、当時のシュールレアリストの画家の作風に影響を受けた写真を撮り、その世界感はまるで白日夢。実像と虚像とが交差するかのような作品で評価されることになる。
国策プロパガンダ写真
1930年代後半から1945年までは第二次世界大戦とその前触れがあり、当時写真家として生きる道は、国策宣伝に関わるしかなかった。皮肉なことに手持ち撮影可能かつ連続撮影可能なライカの登場は国威発揚写真を量産するのに大変役立ったことだろう。二人もそのような写真を残している。
木村は戦後、そのことを省みて、戦時中の報道写真家は現実を直視せず、ねじ曲げて撮ったと思い、それではいけないという思いでそれ以降写真を撮ったようだ。
ポートレイト
木村の撮るポートレイトは彼が得意とする群衆がいる街並を撮影したスナップ写真の印象とは大分異なる。ライカを手にする前に傾倒していたという芸術写真(観たことはない)が、このような感じだったのではないかと想像してしまった。中にはソフトフォーカスレンズを使用した写真もある。金子さん曰く、「あまり木村風ではない」とのことだが、一方で、街の群衆の中に佇む作家の写真という木村風のものもある(厳密にいえば、一人にフォーカスを当てていないのでポートレイトとは呼べないかもしれないが)。私が思うに女性を撮影する時の視線がかなり恣意的な感じがした。
ブレッソンのポートレイトは戦後のものが多かったが、彼は、それまで(あるいは同時期に)、完璧な直線と曲線で構成された風景の中に点在する人たち(人ひとりひとりに意味はない)が描く円弧やその関係性が計算されたかのような美しさを感じられる作品を発表している。一方ポートレイトは風景の中に点在するものとしての人物ではなく、正にアイレベルでのブレッソンと被写体との対話を感じる。
ちなみに、木村は当時、ブレッソンの撮影したマチスのポートレイト(ものごとを社会的に見つめていく)に感銘を受けたそうだ。木村とブレッソンが初めて会う少し前のこと。
コンタクトシート
コンタクトシートとはフィルムを一枚の印画紙にフィルムサイズのままに焼き付けた、いわゆる「ベタ焼き」のこと。これは写真家が何を考えてどういう意図で撮ろうとしたかがわかる証拠みたいなもので、写真家からすると、丸裸にされているようなものだ。だから写真家は通常コンタクトシートを展示などさせない。木村のものは金子さんが(かな)木村が既に没後の10数年前にご遺族の協力のもと作成した。ブレッソンのはどうも出版社かどこかから流出したものらしい。10枚しか流出していないのだが、その10枚が展示されている。ちなみに今回の展示に際しては、カタログには載せないという条件がブレッソンの財団から提示されたという。
コンタクトシートからも両者の相違点が判る。木村のは36枚に統一性がない。街中の場合は自分の右側をしばらく撮っていたかと思うと、左側を撮ってみたり。ブレッソンのは同じ枠で撮影して、つまり構図が決まっており、中味の人が入れ替わっているいることが多い。まるでコンタクトシートを観られることを予測していたかのようだ。金子さんから伺った話だが、木村は江戸っ子だった。彼の美学とは、歌舞伎でいう見栄を切る瞬間(間がいい)のものより、その直前の何かを予感させる瞬間のものの方が「オツ」だというものだったそうだ。彼の代表作と世界的に認められている「本郷森川町」は木村の没後に代表作と評価された。それは彼が最初に雑誌に発表した「本郷森川町」とは異なる。雑誌に発表したものはいわゆる「間がいい」ショットの次に撮ったバランスがあまりよくないものだった。木村伊兵衛とはそういう人だった。(追記:最後の件を書き直しました)
まとめ
木村伊兵衛の価値観が判っただけでフロアレクチャーに参加した甲斐がある。いつもネタバレなど気にせずに記事を書くのだが、今回はなんとなく躊躇してしまった。会期は2月8日までだが、終了後にまた感想などを書きたい。本当は諸々言いたいことがあるのだ。
◯会期
■会 期:2009年11月28日(土)→2010年2月7日(日)
■休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
※12月28日(月)〜1月1日(金)は年末年始休館
■会 場:3階展示室
■料 金:一般 700(560)円/学生 600(480)円/中高生・65歳以上 500(400)円
※( )は20名以上団体および、上記カード会員割引料金
※小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※東京都写真美術館友の会会員は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
展示の詳細
◯東京都写真美術館の過去のギャラリートークの記事
[橋村奉臣]展 ギャラリートーク @東京都写真美術館
私のいる場所 初日アーティストトーク・その2 @東京都写真美術館
私のいる場所 初日アーティストトーク・その1 @東京都写真美術館
カフェ+ギャラリートーク『植田正治:写真の作法』展 @東京都写真美術館 /Part2
カフェ+ギャラリートーク『植田正治:写真の作法』展 @東京都写真美術館
◯アンリ・カルティエ=ブレッソンの過去の展覧会の記事
HCB - De qui s'agit-il? @ 東京国立近代美術館(2007年)
◯参考にした知人のブログ(1月3日のフロアレクチャーに参加している人)
【写真】「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン~東洋と西洋のまなざし」展(東京都写真美術館)
18 January
2010